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多様な人たちが輝くためのパターン・ランゲージ
⑩「No.8 困ったら共有」

2021.10.05

know-how

※キラパタはこちらから無料でダウンロードが可能です

今回ご紹介するキラパタは「No. 8 困ったら共有」です。
いよいよ今回から一緒にはたらくパターンの 新しいシリーズ D)多様性に気づくコミュニケーション というグループに突入です。

人間関係における困りごとのやっかいな所は、自分の困りに相手は気づかないことが多いということです。「自分は困っているのに、相手は平気そうにしている」と感じると人は冷静でいられず、イライラし、「なぜ分からない!」と相手に敵意を向けやすくなります。特に日本人は察する文化を好むため、伝わらないときのストレスは強いようです。しかし、多様性を認め合うテーマでは、察する文化はマイナス効果を生むことが往々にあります。自分の困りは相手には理解されにくい、ということを前提として関わると心が楽になることを知っておくと良いでしょう。

では、今回のパターンの解説を始めます。
前回の「No.7 大丈夫の確認」とセットで使うことが多いパターンです。つまり利用背景にあるのは困っている状況というのはどちらも同じ。この困りに対し、大丈夫の確認は仕事の初期における上司や同僚のリアクションのあり方に関するパターンであると解説しましたね。仕事を始めた最初は、必ず困っていると認識し、ルールを決めてサポートするとスムーズに立ち上がるということです。

対して困ったら共有は、困りごとが発生した際の共通のコミュニケーションルール です。

困りごとが発生するのは入社すぐだけではありません。かと言って、その後も常に15分おきに大丈夫の確認をするのは、上司や同僚にとっては負担が大きくなります。そこで、大丈夫の確認がクリアできるようになったら、次の段階に進めて、困ったら共有のルールを伝えます。

恒例になってきた新しく入社した障がいのあるAさんを通じて、どんなパターンなのかを見ていきましょう。

上司や同僚の大丈夫の確認を通じて、不安なく仕事を進められているAさんに、上司が話しかけます。
 「Aさん、お仕事お疲れ様です。少しお時間いいですか?」
  「はい、なんでしょうか」
 「今お願いしているお仕事は順調にできるようになってきて、Aさんが困ることが
      少なくなってきたと感じています。Aさんはどう思っていますか。」
  「そうですね、まだ完全ではないですけど、今まで教えて頂いたことで殆どの
         場合、自分で出来るようになっていると思います」
 「それは良かったです。では次のステップに進めようと思います」
  「次のステップですか?」
 「頻度は少なくても、今後困ったことが発生するかも知れません。そんな時はどう
      しますか?」
  「自分からそのことを伝えられるといいですね」
 「では私が仕事で忙しそうにしていても、Aさんは困った時にすぐに声を掛けられ
      そうですか?」
  「時と場合によりますが、声を掛けることに躊躇してしまうかもしれません」
 「Aさんの特徴としてそれがあるかもしれませんね。そこで、共通のルールを作っ
  ておきたいと思います。『困ったら共有』です。」
  「困ったら共有・・・ですか」
 「Aさんは以前の会社で何時間も困ったまま相談できなかったことがあったと言っ
  てましたね」
  「はい、その日は言えず、次の日にやっと勇気を出して相談したこともあります」
 「それは大変でしたね。でも大丈夫の確認をしてきたことで、相談できるとわから
  ない不安がなくなり、仕事が進むという経験をしましたよね。私もAさんが困っ
  たままでいるより、そんな時は気兼ねなく声を掛けてくれたほうが嬉しいです」
  「そうなんですね」
 「もし、私が手を離せない状況の時は、『〇分間待ってもらえる?』と言うように
  しますので、まずは困ったら私に声を掛けるようにして頂けると助かります」
  「分かりました」
 「因みに、何分間困った状況が続いたら、声を掛けてくれますか?」
  「分からなくても、自分で今までのメモを見たり、考えたほうが良いと思います
   ので、10分間分からなったら、お声がけするということでどうでしょうか?」
 「まずは自分で考えるというのは素晴らしい姿勢ですね。でも10分は少し長いよう
  に感じますので、3分で如何でしょうか」
  「分かりました、困った時は自分で3分間考えてみて、それでも困りが解決しな
   いときは、忙しそうかどうかは気にせず声を掛けてみるようにします」
 「ありがとうございます。では今後はそのルールでやっていきましょう」

こんな感じです。
困ったら共有という共通ルールを設定することが、お互いに相手に伝えることへのハードルを引き下げる効果をもたらします。また、共有してくれた時にも「教えてくれてありがとう」という心理になり易いですね。
ルールの内容は皆さんの職場に適したものにして下さい。特に〇分間困ったらの〇分間は、本人の体感時間なので3分は、実際は5分以上経ってしまうというのが僕の実感です。ですから、僕は「1分困ったら即共有」ということが多いですね。

ところで、こちらの状況を考えず、急に話しかけてくる方もいます。
本人は聞くことで精いっぱいなのかもしれませんから、叱るのはNGです。もし叱ってしまうと、次から声を掛けるハードルが高まるので、そちらのほうが痛手です。一度教えたらできることが殆どですから
 「声を掛けるときは、『■さん、いまお時間良いでしょうか?』と声を掛けてくれると嬉しいです。私が『大丈夫ですよ』と言ったら聞きたいことをお話ししてください。でも、どうしても手が離せないこともあるかも知れません。その際は『〇分間待って頂けますか』と言うようにします。」などとレクチャーすると良いでしょう。

それでもAさんが上手くできないときもあるかも知れません。例えば、困りごとを抱えたまま長時間相談に来なかったり、いきなり話しかけてきたりというケースです。何度も繰り返しますが、その理由の多くは彼らの能力が低いからではなく、不安や緊張が強いからです。不安や緊張が強いと集中力を欠き、簡単なこともできなくなります。ですからこのような場合の対処としては不安や緊張を解くことが正解です。

例えば、3分経ったら声を掛けると言っていたAさんが、数十分も相談に来ていないことを知った時の関わりイメージを書いてみます。

 「Aさん、今大丈夫?」
  「あ、はい・・・」
 「△さんが、Aさん困っているかもって教えてくれたので声を掛けにきました。
  何かお困りですか?」
  「はい、ここが分からなくて、すみません」
 「大丈夫ですよ。その前にひとつ確認していいですか。困った時はどうするという
  ルールだったか覚えていますか?」
  「あ、はい、3分困ったら声を掛けることになっています」
 「そうですね、困ったら共有しようということでした。今回は声を掛けてもらって
  いませんが何かありましたか?」
  「すみません、声を掛けなければと思ったのですが、やはりお忙しそうに見えた
   ので、躊躇してしまいまいた」
 「そうでしたか。Aさんにとって、相談をしに来ることがここまで大変なことなの
  だと私も理解できたのでお話しできて良かったです。でもこれは一緒に乗り越え
  たいです」
  「はい、次からはもっと頑張ります」
 「では、今日は練習ですね。もう一度やり直してみましょう。今から私は席に戻り
  ます。3分間ご自身で考えてみて、それでも分からなかったら声を掛けに来てくだ
  さい。待っていますね」
  「わかりました」
・・・3分後・・・
  「すみません、いまお時間良いでしょうか」
 「どうされましたか?」
  「この部分の処理の仕方が分からないので、教えて下さい」
 「承知しました。ところで、声掛けできましたね!不安でしたか?」
  「はい、不安でしたがサポートして下さっていることが嬉しかったので、勇気を
   出してやってみました」
 「素晴らしいですね。私も嬉しいです。ではこの質問のところを説明しますね・・・」

と、こんな感じですね。
僕の経験で、最初からできてしまう方は5割弱、1度上記のように切っ掛けを作るとできる方が大半で、人によっては2,3回繰り返すことが必要でしたが、ほぼ100%自分から声を掛けられるようになりました。そこまでするのか、と感じる方もいらっしゃるかも知れませんが、ここまでの労力投資は実際にやってみると大したことはありません。こういったコミュニケーションが取れる関係を初期に構築すれば、その後は継続リターンが得られるのですから安いものですね。逆に初期にこのコミュニケーションができない関係を結んでしまうと、毎日双方がストレスになりますから、余程コストは大きくなります。

さらに、もう一つ追加でケースを提示します。
困ったら共有ができるようになったのは良いのですが、その頻度が頻繁過ぎるというものです。会話例を見てみましょう。

  「■さん、すみません、またお時間いいでしょうか?」
 「何か分からないことがありましたか?」
  「はい、この部分なのですが・・・」
 「その前に、一点Aさんに相談したいことがあるのですが、良いですか?」
  「何でしょう?」
 「実は困っていることがあるので、今回は私の『困ったら共有』をさせてもらえ
  ますか。Aさんが困ったことがあったときに3分以内に相談できるようになった
  ことは、本当に良かったと思っています。ただ、今お任せしているお仕事には
  聞きたいことが多いようで、今日は5分おきに相談に来ていますね。そのたびに
  私の仕事が止まってしまい、予定より遅れていて困っているのです」
  「あ、そうだったのですね、すみません」
 「理解してくれてありがとうございます。ですので、この問題を一緒にクリアし
  たいので相談に乗って欲しいのです。どうしたら良いと思いますか?」
  「私が相談しないようにする、というのは違いますよね?」
 「そうですね、Aさんがまた困っている状態に戻っては良くないと思っています」
  「そうすると、回数を減らしたほうが良いでしょうか。質問は一日に3回までと
   決めるとかですか?」
 「なるほど。でも回数を決めてしまうと、回数ばかり気になりませんか?」
  「んー、そうかもしれません」
 「今お任せしている業務をまずは一巡やってみて、その間発生した疑問はノートに
  まとめておき、一巡することにまとめて質問するというのは如何でしょうか」
  「そうですね、今までは分からないことはその場で解消することを意識していま
   したが、分からない箇所はメモに残して置いておき、最後にまとめて相談する
   ことにします」
 「ありがとうございます。一度それでやって、不具合があれば教えて下さい。その
  場合はまた別な方法を一緒に考えてみましょう」

  
こんな感じですね。
僕は障がい者雇用では、障がい(疾患)に視点を置かずに、困りに注目すると良いとお伝えしていますが、その理由のひとつは、困りは必ずしも障がい(疾患)のある方に発生するわけではないからです。上記の例では、支援する上司に困りが発生しました。多くの職場で同様のことが発生しており、困っている上司や同僚を沢山見ます。
困ったら共有は、障がいのある方だけではなく、周囲の方も上手に使いこなすことで双方の良好な関係をかたち作るコミュニケーションの方法です。

では今回のおさらいです。
 ・自分の困りは相手には理解されにくいことを知っておく
 ・困ったら共有は、困りごとが発生した際の共通のコミュニケーションルール
 ・初期に少し投資して、困りごとはお互いに共有するという関係性を結ぶ
 ・困りは必ずしも障がい(疾患)のある方に発生するわけではない

今回は以上です。
次回は「No.9 なるほど!探し」です。16あるパターン・ランゲージも後半に入ります。お楽しみに。

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