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最近増加している障がい者雇用に対する企業支援
雇用前実習サポート編

2023.10.30

know-how

昨年から雇用企業からのご相談が増えており、お話を伺うとその背景にはいくつかの要因があります。まず、令和3年から施行された合理的配慮の提供義務により、雇用企業は過重な負担とならない範囲で、雇用する障害者に対して適切な配慮を提供することが求められています。これにより、雇用する障害者に対して適切な配慮を要求できることを求める傾向が高まっています。また、令和6年4月には法定雇用率が2.5%に引き上げられ、週20時間未満で働く精神障がい者も雇用対象に加わります。

つまりここから見えてくるのは
採用人数の拡大×適切な配慮ができる人材=セルフケアスキル人材採用の促進
という構図ですね。

ここで、雇用企業はハタと気付きます。
「どうやってセルフケアができるかどうかを見抜けばいいの?」

今までの面接の仕方が良いのかどうかコンサルティングをして欲しい、実際に面接に同席して欲しいなどのご依頼もありますが、僕も面接という30分程度で求職者の方のことをすべて理解できる自信はありません。
そこで僕がお進めしているのは雇用前実習という手法です。

これは、最終面接を通過した方を対象に実施するもので、求職者のセルフケアスキルと雇用企業のラインケアスキルの合致性を相互に理解し、必要であれば(上記の言葉を使えば「過重な負担とならない範囲で」)セルフケアとラインケアを調整する機会を設けるというものです。

詳しい内容を書く前に、この方法は地域によってはハローワークがNGを出すことがあることを申し上げておきます。雇用前に労働をさせることは認められないという見解ですね。よって、その前提で以下をご覧ください。

ただ僕は、現在の精神障がい者の就労定着の低さはセルフケアとラインケアのすり合わせを行わずに採用することによって起こる弊害でもあると感じます。口頭ではお互いに情報提供はしているものの、お互いに相手のことに関しては分からないことが多く、見切り発車になりがちです。実際にやってみると聞いていたことや、捉えていたことと違ったと感じることが多く、そこから関係性の悪化に至ることがあるように感じます。無償の労働が問題にならない程度の期間で、お互いに安全安心を確認して雇用就労を開始できることは大切なのではないかと僕は考えています。

さて、ではもう少し詳細に記載してみましょう。雇用前実習の概要は以下の通りです。
①求人票に面接工程の最後に「雇用前実習」の存在を記載しておきます。
②面接工程をクリアした方やその支援者の方に雇用前実習の説明をします。目的は
 業務能力の確認ではなく、ご本人の有するセルフケアスキルとラインケアスキルの
 合致性の確認と、必要に合わせての双方の調整です。
③期間としては3日で良いかと思います。
④初日の午前中は雇用前実習のガイダンスを行い、午後と2日目、3日目の午前中は
 業務を行い、3日目の午後には双方(ご支援者がいれば入ってもらっても良い
 でしょう)から希望や意見を述べてもらいます。
⑤これらの情報の上で内定の可否を決定します。

さて、ここで雇用企業がやりがちなことですが、それは業務の出来不出来に目が行くことです。余程の事があればそれらが内定に影響するのはあり得るかも知れませんが、実は重要なのはそこではありません。繰り返しますが大切なのは、セルフケアスキルとラインケアスキルの合致性の確認です。

もう少し詳しく書きましょう。
彼らは初めての環境で、初めての方たちに囲まれ、慣れないことをするため、極度に緊張しています。話の理解力も低下しているかもしれませんし、正しく実施する能力も低下していることがあります。ですから、まずこの緊張関係を緩めることが大切です。ここで必要なのは次の通りです。

わからない時に分からないと伝えられる関係性の構築

緊張状態にある彼らの大半は、緊張もあり業務の説明を理解しにくいのです。この際に考えられる対処は、
(A)雇用側が分かりやすく丁寧に説明をする
ということですよね。これも一つのラインケアです。しかし僕は「不親切はダメですが、普段できないレベルで丁寧にする必要はありません」と雇用企業には伝えています。そこで(A)ではなく次のプランを提示します。
(B)分からない、困ったときは質問できる関係性をつくる

今後一緒に仕事をしていくにあたり、困ったり分からなかったりすることは必ずあります。しかしその状況下で、彼らの頭の中ではこんな考えが巡ります。

質問をしたら迷惑をかけてしまうのではないか…
こんなことで質問をしたらダメな奴だと思われるのではないか…

皆さんが想像する10倍くらいの不安さを伴ってこんなことを悩むのが彼らの苦しさです。ですから(A)で先回りして、問題が起きないようにするのではなく、あえて小さな問題を起こして、(B)で解決できる関係性を一緒につくるのが、僕が重視する雇用前実習のあり方です。

具体的な方法はこんな感じです。
①今後採用したら実際に取り組んでもらうお仕事の一部を切り出します。簡単すぎ
 る必要はありません。新卒の方に最初に任せるお仕事をイメージしてください。
②新卒に説明するのと同じように業務の説明をし、理解できたか確認します。ご本
 人が大丈夫と言ったら「わからないことがあれば気軽に聞いてくださいね」と
 言って、自席に戻ってください。
③15分以内に質問に来たらその方はセルフケアスキルがあるといって良いでしょう。
 しかし、殆どの方は来ることが出来ません。そこで15分程度を目安に声を掛けに
 行きます。
④仕事が順調であれば、目的は分からない時に自主的に質問できる関係性の構築で
 すから、次は難易度を上げた仕事を任せます。しかし、もし仕事が滞っている
 などの困った状況に陥っていたらチャンスです。次のように会話します。


「何かお困りですか?」
  「はい、実はちょっとここが分からなくて・・・」
「そうだったのですね、大丈夫ですよ、私も一度の説明では理解できないかもと思っていましたから。でもひとつ確認していいですか? 先ほど説明の最後に 分からないことがあったらこうして欲しいとお伝えしたのですが、覚えていますか?」

この時に答えがNOであれば、緊張のあまり聞いていない、または覚えていないということになりますので、もう一度「わからないことがあれば気軽に聞いてくださいね」の説明をしてあげて下さい。

もしYESであれば次の工程です。

  「分からないことがあれば聞いてくださいと言われました」
「しっかり覚えていますね。わからないけれど聞きに来ることが難しかったですか?」
  「はい、皆さん忙しそうなの迷惑をかけてはいけないのではと考えていました」
「そうでしたか。ではここで一つ覚えておいて欲しいことがあります。あなたが仕事で困り続けていることは私にとっても悲しいことです。ですから、私が忙しそうにしていても一声かけてくれると嬉しいです。もし、本当に忙しいときは『5分だけ待ってもらえますか』と言う風にお答えすることもありましが、できる限り早くあなたの困りを解消するようにします。困った時は一緒に解決する関係でありたいのですが、どうですか?」
  「分かりました」
「では、練習しましょう。私は一度席に戻るので、1分後に自分から声を掛けに来てくれませんか」
  「やってみます」

こんな感じですね。

分からないことがあったら聞きに来る 求職者のセルフケスキル
聞きに来た時に対応する       雇用側のラインケアスキル

雇用前実習ではこういった関係を一緒に構築できるかどうかを確認し合います。僕の経験ではこの関りで、多くの職場でセルフケアスキルとラインケアスキルが発揮できるようになっています。逆に言えばこの関係構築無しに、あの人はセルフケアスキルができていないだとか、あの会社のラインケアはなっていないだとかでお互いに避難し合うのはもったいないですね。就労定着の実現に向けて、皆さんにできることを始めてみませんか。

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