対談

慶應義塾大学教授

中島 隆信 氏

Takanobu Nakajima

4bunnno3.com 代表

北村 尚弘

Naohiro Kitamura

中島隆信 氏
プロフィール

1960年神奈川県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。同大学経済学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。2001年より慶應義塾大学商学部教授。これまで経済学の思考法をさまざまな分野に応用し、新たな視点を提示する多くの著作を発表している。2018年の『新版 障害者の経済学』では、障がい者は「社会を映す鏡」と表現し、障がい者を作り出しているのは私たち自身であることを説く。ほか著書に『日本経済の生産性分析』(日本経済新聞社)、『大相撲の経済学』(東洋経済新報社)、『刑務所の経済学』(PHP研究所)、『経済学ではこう考える』(慶應義塾大学出版会)などがある。

北村尚弘(以後:K)

「先生、本日はよろしくお願いします。初めてお会いしたのはまだ1年前なんですよね。」

中島教授(以後:N)

「そうだねぇ」

K「僕はこの世界に入ってきたときに先生の「障がい者の経済学」を読んで、障がい者雇用は決して特別な世界ではないと勇気をもらったんですよ。ほかの多くの方からは「障がい者雇用は特別だ」と聞くことが多かったので(笑)。ですから、昨年ある企画でご一緒できて、最初にご挨拶する際は珍しく緊張もしました。先生は怖いって噂も聞いていましたし。」

N「ははは」

K「でも、最初から僕のことを良く言って下さり、今回もこのような対談に無償でご協力いただけているのは、本当にありがたいです。あとで、なぜ僕のことを評価して下さっているかも伺いたいですが、まずは企業の障がい者雇用をテーマにお話を始めたいです。」

慶應義塾大学教授

中島 隆信 氏

4bunnno3.com 代表

北村 尚弘

自分を活かす就職こそ、
結果的に本人も採用した企業も満足するものになる。

K「障がいのある方が世の中で活躍するためのトレーニングについて、先生はどのようなお考えがありますか。」

N「私は障がい者に限って考えるというよりも、それをきっかけにして全体に広げるという発想がいいと思っています。教育の本来の目的は、相手の可能性を広げてあげることです。可能性が広がれば、できることが増え、就ける仕事の選択肢も広がるわけですよ。」

K「あ、僕も同じ考え方です、ソクラテスも教育とは、炎を燃えあがらせることであって、入れ物を満たすことではないと言っていますね」

N「でも今の福祉教育は、範囲を狭めていることが多いよね。就く仕事が最初から清掃や福祉のお手伝いと決められていて、それに特化したことしか教えていない。これ可能性広がってないでしょ。」

K「選択肢が固定的です」

N「清掃や、調理補助、福祉のお手伝いは仕事に就いてから数か月やればできるようになりますよ、やる気があれば。教育を受けて『いろんなことができるようになった』と生徒が言えるようなことをやって欲しいですね。」

K「まったく同意見です。」

N「自分の能力を発揮して、仕事をするうえで必要な能力の元を鍛えてあげることが教育の役割ですね。障がい者に限らず、そういう考えがもっと広まると嬉しいです」

K「具体的に支援者や教育者が考えるべきことは何でしょうか?」

N「教育と療育の両面で本来考える必要があるかな。教育が職業訓練に特化し過ぎているのに、療育が不足していると思いますね。どうすれば自分の能力が発揮できるか、そのことを周囲の人にわかってもらうなんていう、仕事の前に必要なことが疎かになっています。例えば、遅刻が多い、忘れ物が多い、落ち着きがないなんて言うのは早くから療育すればクリアできます。それをせずに、『掃除できます』なんて言われて採用しても、遅刻ばかりしていれば採用されないですよ。もう少し療育に力を入れる必要があると思いますね」

K「最初の可能性の話ですが、子供のころから『大人になったら何になりたい』って先生や親から聞かれるんですよ。何か言わないと『君には夢がないんだね』みたいな空気になるので、職業を答えることがエライみたいな風潮があります。先日見た記事にもあったのですが、これ可能性を狭める悪問です。」

N「あぁ、確かにたしかに」

K「僕は『パン屋になりたい』というウチの6歳の娘に『いいね、でも世の中にはたくさんの仕事や役割があって、君はなんにでもなれる可能性があるよ』と話してます。」

N「(笑)」

K「これ僕の調査ですが、平均的な求職期間3か月間で、就業可能なエリアに出る求人件数は200件がいいところです。エントリーから内定までの確率が仮に10%だとしても、十分な数です。でも皆さん職種を決めてしまっているんです。すると求人数は200から大幅に減ってしまい、内定が取れず苦労します。」

N「なるほど」

K「ですから、支援者の発想がどうしても数少ないその求人にどう着地させるかというスタイルになるんです」

N「そうかぁ」

K「僕は人材ビジネス出身ですから、例えば『経理の仕事をさがしています』という人に、なぜその職業じゃないとダメなのと聞いてしまうのですが、大抵の場合『なんとなく』です。その方の良さを見出して、『経理もいいけど、あなたにはこんなお仕事も向いているかもしれませんよ』と伝えると『そんな仕事を知らなかった』とか『私にそんな可能性があるなんて思っていなかった』と言ってパーっと目が輝かせて、実際に本人が最初に想定していなかったお仕事に就いて、『天職を見つけた』なんて言ってます。」

N「いいですね。特別支援学校なんかも就職率が目標になっているので、確実に就職できる○○の特例子会社を選ぶなんてことが多いですよ。もっと言えばたくさん切り出されている単純な仕事を目指すという狭い考え方ばかりが広まっています。逆に可能性を広げる場合は、うまくいかないこともあるかもしれないし、学びが足りないことが課題になることもあるかもしれない。それでも人の可能性を広げる教育であって欲しいですよね」

K「障がい者雇用と言えば単純作業や清掃という考え方については先生も本に書いていらっしゃいますが、企業の経済視点からはマイナスですよね。本来アウトソーシングしたほうがコストダウンできるけれど、障がい者にやってもらおうという発想。今後でいうとロボティクスやAIが進む中で、この風潮をどこまで継続維持ができるのか疑問です。単純作業や清掃が本当に向いている人もいますが、障がい者だから単純作業というステレオタイプな発想では、立ち行かない未来が待っていると思います。」

N「障がい者に限らず普通の学生も、自分のことを良くわからないまま就職先を決めている人が多いですよ。」

K「内定をもらえたら吟味せずに決める人はもったいないですね。特に障がい者の就職では支援者が内定即就職と考えていることもあります。その選択肢しかないからそこに行くという考え方ですね。4ぶんの3流の就活ノウハウに『内定を複数とる』というのがあるのですが、複数の内定先を自分の前に並べた時に、初めて彼らは、自分が何をしたいのか、どんな基準で会社を選ぶのかを本気で考える。そうやって決めた会社はそんなに簡単に辞めないですね。」

N「あぁ、なるほどね。本人だけじゃなく企業は雇用率だし、学校も就職率に目が行き過ぎていて数字や結果だけにとらわれているね。これは彼らだけの問題ではなく社会のルールがそうなっていることに理由があるけれど。それだけに囚われると本当に目指すべき道が失われます。」

K「目の前にあるものにすぐ飛びつく就職ではなく、自分を活かす就職こそ、結果的に本人も採用した企業も満足するものになるのだと思います。それを導くのが、障がい者就労支援の場合、支援者のお仕事なんじゃないかなと考えています。以前、就労移行支援事業に取り組んでいた際、精神障がいの何名もの方が同じようなことを言って卒業していくことを経験したので、ご紹介させてください。 『私はここに来た時は自分にダメ出しばかりしていたけれど、様々な学びを通じて自分の可能性を見出し、少しずつ自分を認められるようになりました。就活で一緒に働きたい仲間とも巡り会えた今では、障がいがあって良かったと思えています。もし病気を発症していなければただ我慢して生きていただけだと思う。病気になりたかったわけではないけれど、今は自分にはたくさんの可能性があると思えているのは病気のお陰かもしれない』
この話をすると泣きそうになります(笑)」

N「それはすごいなぁ。普通は障がい者になったことは否定したいですよ。でも自分の障がいを受容して向き合ったからこそ、考え方が変わったんでしょうね。素晴らしいですね。でもそんなに簡単じゃないでしょ?」

K「はい、その根底にあるのが“セルフケアトレーニング”ですね。精神障がいの場合、人生の途中で急にできた自分の苦しい特徴なので、自分で正確に把握することが難しいです。そこでメソッドを使いながら自分を客観的に捉えて、できること、難しいことを整理し、どうすれば社会でできるようになるかを試行錯誤しながら取り組みます。」

N「何か例を挙げられますか?」

K「たとえば『不安が沸く』という特徴があると気づいてその原因は何かを掘り下げていくと、『疲れ』が影響していそうだとわかる。ではなぜ『疲れ』が出るかというと、人前ではできるように見せたいという気持ちが自然と出るため無理をしているということにたどり着く。そうして初めて『私は認めて欲しいという気持ちが強まると無理をする』という特徴が生まれていることに気づくのです。そのことが不安を生み出すことを知ったときに、『自分のできることを無理なく丁寧にとりくもう』という自分の出した答えの通り行動できるようになると、疲れが弱まり、不安も解消していきます。友達と長時間LINEをして本当は疲れているのに皆に合わせて過ごしてきた人が『ごめんね、今疲れが出てきているから私はこのあたりで失礼させて』と言えるようになるイメージです。」

N「その力は仕事でもつかえますよね。少し考え方や行動の仕方を変えることは、そう簡単ではないけれども、そうしたほうが自分も得だと知って、何を改善すればよいかを考える。その対象は場合によっては配慮という形で周囲に求めることもあるかもしれない。どんな配慮があればやりやすいかを本人が知っておくことは大切ですね。周りの人は本人がそうなるように導いてあげて欲しいですね。」

K「心の問題は人に正解を押しつけられてもなかなか解決できません。自分で気づいて、その気持ちを許し認めたうえで、そっとその気持ちを手放してあげるようなプロセスが必要です。そうして育ててから社会に出すと、意外にうまくいきます」

N「そうでしょうね、企業の人は付き合い方が分かっていればうまく受け入れられるし、仕事を教えることもできますよ。就業前に必要なトレーニングは業務訓練ではなく、障がい受容や特徴の整理、どうしたら働けるかを考えておくことなんでしょうね。」

K「僕が川崎市と進めてきたセルフケアツールのKSTEPも順調に全国に広まっていて先日100施設を越えた(2019年6月)と川崎の方が喜んでました」

N「僕も講演でお話する機会があるので、セルフケアのお話はしますね。これだけ良いプログラムだからもっと広がりますよ。」

K「多くの支援者さんからも、『やりたいけど、もっと簡単になりませんか』と言われているので、引き続き便利で簡単にできる仕組みは探していきたいと思っています」

N「(笑)いいじゃないですか」

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